1万ヒット記念SS:「3つの願い」 7


こちらは町中に出た鷹男の姿の瑠璃と、涼中将である。
二人は牛車で内裏を出たあと、涼中将の屋敷に寄り、家人たちの衣を召し上げ、身分の低い雑色に身をやつして、町に出た。
当然ながら牛車は使わない。
徒歩で町中を散策するチャンスを瑠璃が逃すわけがない。
止めても無駄と判断した涼中将は肩をすくめて、仕方なく供を申し出た。
そして二人で連れ立ってやってきたのは……、饅頭屋だった。

「瑠璃姫……そろそろいい加減になさったほうが」
「ん? なじかいっら?(何か言った?)」

京で一番はやっていると噂のこの饅頭屋は、貴族からの引き合いも多い。
瑠璃も何度か女房達に買いに行かせた事があったが、本当に美味しいのだ。
けれど、吹かしたての饅頭の美味しさはもう格別で、ふっかふかのほっかほかなのだ。
お使いに出かけた女房達は店先に座って饅頭を食べてから帰るのが通例。その光景がまた新たな客を呼ぶという、おいしい商売をしていた。

その味を自慢されるたびに、瑠璃は残念でならなかった。
後宮では、大急ぎで買いに行かせても戻ってくる頃には醒めた饅頭になってしまう。
だから、いつか内裏を抜け出したら絶対にここの饅頭を食べてやろうと思っていた。

「ああ、おいしい。こんな美味しいものが世の中にあるとはねぇ」

3種類の饅頭を2個ずつ注文し、涼中将にも勝手に同じだけ注文すると、瑠璃は店先に座って白湯をすすりながら饅頭を頬張り始めた。1つだけ食べて残した涼中将の分も「食べないならもらうよ?」と、ほおばり始めて、冒頭の中将の台詞だったのである。

瑠璃姫のお腹も心配だったが、涼中将にはもう一つ心配事があった。
それは、傍らで同じように饅頭を手にする娘さん達の視線である。

何しろ、ここは饅頭屋。
いい年をした若い男がいる場所ではない。
そこへ、雑色姿とはいえ、町中でついぞ見かけたことのないいいオトコ二人が、連れ立ってやってきたのだ。

かたや東宮妃候補と呼ばれた大貴族の総領娘が、ちょっと御簾ごしに見かけただけで、身分も何もうっちゃって恋をして、無理矢理ゲットしちゃったほどの美形・涼中将。
色男として有名な彼は、あちこちで罪作りな戯れをしかけ、浮気な男とわかっていても夢見る女が続出の美男。
そしていま一方は、美丈夫で名の知れた才気あふれる今上帝。
中身が瑠璃とはいえ、その精悍さ、闊達さは隠しとおせるものでもない。
しかもそんな男が、幸せそうに饅頭を6個、7個と口にする姿は、ああ、なんて天真爛漫な人なの、アタシが可愛がってあげるわ!!と叫びたくなるような、妙な色気があるのである。

これが身分の高い公達だったら、娘達も黙って見ているだけだったろう。
しかし、相手は雑色なのだ。
あちこちの屋敷の女房クラスにとっては、釣りあいの取れる立場のオトコ。
ここでゲットしなければ女がすたるというものである。

かくして二人のまわりには意味もなく人が集まり、周囲を牽制しながら、誰が先に声をかけるか、視線だけで女の戦いが繰り広げられていた。
ぐるりと取り囲まれ、突破口が見えないほどの人垣になるまで、互いの牽制は続いた。

やがて、ひとりの身の程知らずの女が、口火を切った。

「あのう……、どちらのお屋敷の方ですの?」

ごくりと、娘達は聞き耳をたてる。

「ふぁい?」

饅頭を口にくわえたまま、瑠璃が顔をあげると、きゃーーーー、かわいいいいーーーーー!!!と黄色い歓声が飛んだ。

「主の名を話す事は出来ません。お許しください、かわいいお嬢さん」

涼中将はその場をなんとか対処しようと、話しかけるが、火に油を注ぐとはまさにこの事だった。立っているだけで女を落とすクールなオトコが、にっこり笑いかけているのである。

「「「「「ぎゃーーーー、お嬢さんって、あたしのことかしら。あああああん!!!」」」」」

集団催眠のように、皆で腰を振る姿に、顔が引きつる。
この時になって瑠璃も、ようやく、身の危険を察知した。

「ねえ、これって……ヤバイ状況?」
「だから……そろそろいい加減になさったほうがいいと申し上げましたのに」

こそこそと話し合う二人の姿に。

「あああん!!! なんかくっついてるーーー!!」
「薔薇よ、薔薇なのよ、この人達は、ひいいいいいい!!!!!!」

薔薇ってなんだろう、ハテ?と考えている余裕も二人にはなかった。

「に、逃げよっか……」

瑠璃は立ち上がり、そろりそろりと歩き出した。
人垣が瑠璃の進行方向にあく。
その突破口を、涼中将と二人、優雅に進む。
瑠璃の片手にはまだ饅頭。

「ほらっ。お口にお弁当がついたままですわっ。あたしが舐めたいっ!!」
「歩き方もどことなく優雅じゃありません?? ああ、あの腕に抱かれたいわvvv」
「ゲットするわ!! 絶対にゲットするわぁぁぁ!!」

背中に投げかけられる黄色い声は一向に遠ざかってゆかない。
それもそのはず、二人の歩調にあわせて、お嬢さんたちは饅頭を片手にぞろぞろついてくるのである。

瑠璃が立ち止まればお嬢さんたちも止まる。
瑠璃が走ればお嬢さんたちも走る。
瑠璃が跳ねれば、いっしょに跳ねる。
瑠璃が踊れは、いっしょに踊る。
瑠璃が饅頭を食べれば、いっしょに食べる。

彼女達は、瑠璃の次の動作を何一つ見逃さないように、見守っていた。

「ど、ど、ど、どうしよう……」
「困りましたねえ」

全然困ってない他人事の涼中将だった。

「このあとは、かんざしを見に行きたかったのよー。店先であれこれ選ぶのを楽しみにしてたのに……」

そんな事をしたら、誰のものを選ぶのかと大騒ぎされそうだと予想がつく。。

「では、あのお嬢さんたちをおいて逃げますか?」
「どうやって逃げるの?」
「そうですねえ、往来ではちょっとまずいので、もう少し人気のない辺りへ行きますか」

そう言って涼中将は愛用の笛を取り出して、美しい音を奏でながら、五条のはずれにある寺院の境内に入っていった。

「な、なんて美しい音なの!!」
「いやああん、耳元で奏でて欲しいわぁぁぁ」

うっとりと涼中将の笛に魅せられたお嬢さん達は、瑠璃の事なんか無視して脇を抜け、追いかけるように境内へ入っていく。
取り残された瑠璃ははっとして、後を追った。

すると。

x※▲Z$!|#дゞИ?ーーーー!!!!!!

美しい笛の音がピタリと止んだかと思うと、なんと表現していいのか、この世の物とも思えぬ不気味な音が鳴り響いてきた。
瑠璃はとっさに耳を押さえて座り込んだ。
薄目をあけてそっと、様子を伺うと境内に一人笛を持って佇む涼中将の姿が見える。
そして、ばたり、ぱたりと、笛吹中将のそばにいたお嬢さんたちが、倒れていくではないか!!

「こ、こ、これは一体?!」

夢見るような表情のまま、地面に倒れているお嬢さん達をかきわけ、口元には涼しい笑みをたたえた中将が瑠璃のもとへと戻ってきた。

「まとめて眠っていただきました」

艶然と微笑む笛吹中将に、どうやって?!と聞きたいところだが、聞いてはいけないような気がして二の句がつげなかった。

「ど、どうするのよ? こんな所に倒れたままで……」
「大丈夫ですよ、ほら」

怪しい音を聞きつけた小坊主達がばたばたと、寺の中から出てきて、呆然とその様子に見入っていた。

「突然、このお嬢さんたちが倒れたんだ。介抱してさしあげてください」

そう告げると、瑠璃の肩を叩いて、ほら、逃げますよと、すたこらその場を去ってゆこうとする。

「ま、待って!!」

その音を少しだけ聞いてしまった瑠璃も、なんだか足がもつれてうまく歩けないのである。

「おかしいですねえ。女性にしか聞かないはずなのに……。やはり外見が主上でも中身が違うと駄目ということですか」

面白そうに笑う中将に、笑ってないで何とかしなさいよ!!と、抗議すると、中将は瑠璃をこともなげに背負った。

「主上には内緒でお願いしますよ」

涼中将は、瑠璃(正確には鷹男)の体重を苦にするでもなく、鼻歌を歌いながらどんどんと京の町を進んでいく。

「かんざし屋でしたね。いい所を知っていますよ」
「うん……」

涼中将に背負われて少しだけドギマギしながら。
人畜無害で顔だけ男の涼中将の、恐るべき一面を知ってしまった瑠璃は、こいつを敵に回す事だけは絶対にやめようと密かに誓うのであった。


それからかんざし屋にいって、物売りから団子を買って、神泉苑まで足を伸ばして。
瑠璃は与えられた自由を大いに満喫していた。
気がつけば、あたりがすっかり暗くなり始めていた。

「そろそろ戻りませんと……」
「ん? そうね、どっかいい宿はないの?」
「私の屋敷に戻るのではなかったのですか?」
「馬鹿ね、そんな事したら捕まるかもしれないでしょ!」

涼中将と出かけた事はバレているので、まっさきにそこを探すに決っている。

「人知れず隠してある女でもいるんでしょ? その家に行こうよ。2日でいいから」
「この格好で?」

身分を隠して雑色姿のままなのである。

「雑色ごっこの途中だって言えばいいでしょ!」
「まあ、かまいませんが……。私は女のもとへ行ってしまいますが、一人で大丈夫ですか?」
「従者のフリをするんでしょ? まかせておいて♪」

ならばと、二人で、7条の外れにある小さな庵へと向かう事になる。
瑠璃がそれを激しく後悔するのに時間はかからなかった。

いや、瑠璃だって最初は中流貴族体験として、わくわくしていたのだ。
やってきた屋敷が、狭いしぼろいし、庭だって申し訳程度しかないくせに、荒れ果てていても、そう焦る事はなかった。ただで泊まらせてもらって文句を言っては罰があたる。
従者の詰所として部屋をあてがわれ、食事を出してもらい、なるほどこうやって夜這いをするのねえと、実体験に興味津々だった。

問題なのは……、瑠璃をつれてきたあの男のほうなのだ。
当然のことなのだが、屋敷の女主人と、コトをおっぱじめたのである!

『あっ、あ、いや、あああ〜ん』

歩き回って疲れて早々に寝付いたはずの瑠璃は、女の甘いすすり泣きにがばりと起きた。
コレがなんだかわからぬほど初心ではない。

『中将さまぁ、意地悪なさらないで、ああっ、ああああーーーん』

−!!!!!!!

誰と誰の睦み会いだかわかってしまった瑠璃は、顔面真っ赤になる。
そういえば狭い屋敷なのだ。
家人だって3、4人しかいないし、ここは一番主の部屋から遠いとはいえ、障子一つでヘだれられた屋敷のこと、そのような男女の睦み会いは、丸ぎこえなのだ。

−あの男〜!!! あたしがここにいるのをわかっていて!!!

いや、よく考えたら夜這いに来てるのに手を出さないほうがおかしいのである。
涼中将はお仕事をしっかりしているに過ぎない。
更に言うならば、瑠璃が知らないだけで、後宮だって、藤壺女御と主上の睦み会いは、傍仕えの女房の部屋にはばっちり毎晩聞こえていたのだ。

とにかく、瑠璃は、その声に眠れなくなって悶々と夜を過ごす事になった。
また、女主人が、「ああ、そこはっ」とか「そんなとこは汚いわ」とか、「そこがいいの!もっと!」とか、いちいちいちいち煩いのである。
何をやっているのか、その情景まで見えてきて瑠璃は、その度に悶えて、鷹男のモノが熱くなってしまうのだ。

そして。

「失礼いたします!」
「ひっ!!!」

なんだかんだいいつつ、耳を障子につけていた瑠璃の背後で、反対の障子がすっと開いた。
そこには、この屋敷の妙齢の女房が佇んでいた。

「お夜食をお持ちしましたのよ」
「は、はあ……」

酒と、軽いつまみをもって現れた女房は、部屋へ入ってそれを瑠璃の前に差し出すと、そのまま帰ろうとしない。
その間にも「ああっ、イク、いってしまうわぁぁぁ」という声が鳴り響いている。
盗み聞きしていたのもしっかりバレてしまっていて、実に気まずい雰囲気だった。

「な、……なんか、凄い……ですね」
「本当に、主人は、こう申してはなんですが、自由奔放というか……、その…激しいので、従者の方も皆様対処に困ってしまうようですわ」
「は、はあ……」

女房は、すすすっと寄ってきて瑠璃に酒をつぎ、次の瞬間、瑠璃にしなだれかかった。

「眠れなくなっていらっしゃるんでしょう? 私もなのですわ。お傍にいさせてくださいませ」
「!!!」

−ひぃぃぃぃーーーーー!!! 誰か、助けてぇぇぇぇぇ!!!!

主人の夜這いの供に来て屋敷の女房と懇ろになるという話はよく聞く。
が、生々しい現実を知らなかった瑠璃は、大汗を流して声もなく悲鳴をあげていた。
それなのに、瑠璃の股間に今ぶらさがっている、鷹男の象さんは、むくりと立ち上がって、所狭しと荒れ狂っているのである。

「あ、いや、ちょっと待ってください。私は、ちょっと厠に用が!!!」
「お待ちしておりますわ。よろしいでしょう?」

うるうると瑠璃を見上げる女房は、すっかり瑠璃に夢中である。
ぶんぶんと首を縦に振って、取るものもとりあえず、屋敷を抜け出した瑠璃は、

「うわぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」

と、妄想と鷹男のソレを沈めるべく、全力疾走した。
どうにか気がおさまり、疲れもあって立ち止まった時、瑠璃はもう自分がどこにいるかもわからなくなっていた。
暗い京の夜道で、たった一人。
さすがの瑠璃も恐怖に震える。

−ま、迷子になっちゃった

そして運悪くそこは野盗や餓鬼がウロウロするという羅城門近くだったのである

続く

またしてもお下品ですみません。だって皆様、そっちばかり反応がいいんですもの(笑)
ただいま涼中将萌え(笑)につき、彼の出番も作ってみました。


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