HP開設祝いに梨華さまからいただいた絵をもとにSSを作りました。
17の赤くなる病気 貴族の公達に過ぎないと思っていた鷹男が実は東宮その人だと判明して、あたしの淡いトキメキは終わった筈だった。 密かに届いた鷹男からの文に返事もしないでいたあたしに、藤宮様がいっしょに内裏に遊びに行きませんかと言った。 曰く、鷹男にもチャンスを与えて欲しい、それで駄目なら諦めるからと。 真摯な申し込みにあたしは首を縦に振り、藤宮様の女房に身をやつして内裏に上がったが、しきたりとやらですぐに会う事もできず、しばらくは女房として雅な世界を垣間見ながら過ごしていた。 初めて見る事ばかりでそれなりに楽しかったけれども、やはりここはあたしの居るべき所ではないような気がした。 暗い部屋の中にばかりいるのは気がつまる。 あたしは、息抜きにこっそりと庭に下り、人も少なな辺りまでやってきて、咲き始めた椿の花を眺めていた。 内裏にはこんなに美しい花々が沢山咲いているのに、女房達は皆、暗い部屋の中。 こうして日向ぼっこをできないなんて、なんてつまらないんだろう。 風にのって流れてくる椿の匂いをかぎながら、早く家に帰りたいなと、そんな事を考えていたら、がさりと木立が揺れる音がした。 変な女房がいたと知れたらまずいんだわと、申し訳程度に扇で顔を隠した。 木立の向こうに、黄丹の直衣が見える。 黄丹といえば、東宮のみが許された禁色。 案の定、鷹男が姿を現した。 −−あたしは、不覚にも見惚れてしまった。 鷹男が、抜けるような青空を背に、扇を軽く仰ぎながら、涼しげな微笑を浮かべてこちらを見ている。その笑顔が妙に優しくて、男の癖に艶のある流し目でドキリとした。 「探しましたよ、瑠璃姫。行方知れずと聞いて、きっと庭にいるはずと思ったが、やはりそのとおりでしたね」 なんて眩しいんだろう。 光の中に鷹男が浮き上がってみえる。 鷹男がカッコイイって騒がれているのは知ってたけど、帝だし、あのプレイボーイぶりだし、当然だと思っていた。 鷹男自身がこんなに美しいとは思ってもみたことがなかった。 鮮やかな微笑が、日差しを受けて眩しいほどに輝いている。 考えてみると、あたし、外にいる鷹男って殆ど見たことないんだわ。 会うのはいつも夜が更けてから、暗い部屋の中ばかりだった。 法珠寺でみた時はそれどころじゃない状況だったし、こんな明るい日差しの中でまじまじとこの人を見た事は一度もなかった。 あたしは鷹男から視線をはずせなくなって、ぺたりとその場に座り込んでしまった。 すると、鷹男がゆっくりと近づいてきた。 「どうしました? 瑠璃姫」 なんて雅な声なんだろう。 鷹男に見惚れたまま呆然と見上げているあたしに鷹男がゆっくりと手をかける。 「姫?」 首をかしげながら、額に触れられた。 どきりとして思わず目を瞑ってしまった。 「お熱……はないですよね?」 鷹男があたしの反応をいぶかしんでいる。 まずい、まずい。普通にもどれ、あたしの心臓! 動悸が止まらず、自分でも顔が熱いのがわかった。 変に思われる、早く、普通に戻らなくちゃって思うのに、体がいう事をきかない。 「え、えーと、あの……」 言葉すら出てこない。 あたしは一体どうしちゃったというの? あたしが戸惑っていると、鷹男はしゃがみこんで、あたしの着物に手をかけ、あろうことか胸に抱いたまま立ち上がった。 「ちょ、鷹……」 どきん、どきん。 心臓の音がいっそう大きくなって、血流が逆流していくような気さえする。鷹男に聞こえてしまうんじゃないだろうか。 「具合が悪そうですからね。局まで連れていきましょう。そこでゆっくりお休みなさい」 「そ、そ、そ、そうね……」 きっとこれは日差しのせいなんだ。 部屋に戻れば、鷹男の姿もこんなに眩しくはないはず。 あたしの心臓も元に戻るに違いないのだ。 あたしはぎゅっと目をつぶって鷹男を見ないようにしながら、藤宮様の局へ戻った。 「まあ、瑠…九条、どうしたのですか!」 「お庭でご気分が悪そうだったので。褥の用意を」 もういいというのに、鷹男が降ろしてくれない。 胸に抱かれたまま奥へと連れられ、申し訳なくも藤宮様の女房が用意した褥にやっとの事で横絶えられた。 「大丈夫ですか?」 鷹男の顔が近づいてきて、あたしの額に額をを合わせた。 まずい、本気で熱が出てきたような気がする。 「ん、少し熱があるかな。あとで薬師を呼びましょうね」 おかしい。 部屋に戻ってきたというのに、鷹男の顔が眩しいままだ。 まともに顔さえ見れないなんて。 これは一体何なの? 「お、主上……」 あたしの手をとり、顔を近づけたままの鷹男に、なぜか顔を紅くした藤宮さまが、声をかけた。 「な、なにをなさっていらっしゃいますの?」 「何って……、瑠璃姫のお熱をはかっていますが」 平然と応える鷹男に、固まったままのあたし。 鷹男に聞いても無駄と思ったのか、藤宮様はあたしに向き直った。 「……瑠璃姫? お加減が悪いのですか?」 「藤宮様……、どうしたらいいんでしょう?」 あたしは途方にくれて宮様に助けを求めた。 「あたし、顔鷹男の顔を見ると……、動悸がして、息切れがして、顔が赤くなってしまうんです。ほんとに病気かもしれない」 そう告白したら、鷹男に思いっきり抱きしめられた。 「まあ、瑠璃姫。それは、主上にしか直せない病気ですわよ」 破顔一笑、高らかに笑った藤宮様が、女房達を引き連れて部屋を出て行った。 取り残されたあたしは、鷹男に見つめられたまま。 あたしの顔はますます赤くなる。 17のあの日、あたしは、顔の赤くなる病気にかかった。 病は一生癒えそうにない。 完
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