1万ヒット記念SS:「3つの願い」 4


(瑠璃の帝体験)

その頃、瑠璃が何をしていたかも追っておこう。
瑠璃は、天下の清涼殿・昼の御座所で脇息にもたれながら口をあけて爆睡していた。

平安貴族の朝は早く、内裏の仕事は夜明けと共に始まる。
鷹男のせいでこのところ陽が高くなってからしか起きた事のない瑠璃だったが、今朝は侍従たちが迎えに来たので朝も空けやらぬ時間に清涼殿に戻り、昼御座に向かった。
勝手のわからぬ事ばかりだったが、あちこち歩き回っていて人の顔も覚えている瑠璃の事なので、それほど困る事もなかった。
ぼーっと立っていれば「主上、こちらへ」と、過保護な侍従たちが何でもかんでも先取りしてくれるのである。らくチンらくチンと、ご機嫌で鼻歌を歌いながら御座所にたどりついた。
侍従たちは顔にはけして出さなかったが、優雅な帝の珍しい姿にさぞ驚愕していた事だろう。

さて、政務の時間である。
宮中には様々な書類は上がってくるが、それらは各下官のもとで円滑に処理され、実務的な事が帝のもとまで上がって来る事はない。帝の政務といえば、昼御座から殿上の間に集う参議達の話し合いを小窓から覗く事だったりする。
参議の話を小耳にはさみながら、疑問に思った箇所で、それはどういう事かと口をはさみ可否を述べる。
何も尋ねなければ承認されたものと見なされ、淡々と議題は進んでいく。
それが、古来からの政治システムだった。

瑠璃は興味深々で普段入り込めない男の職場をそっと覗いてみいた。
そしてがっくりと溜め息をつく事になる。
参議というからには皆、それなりの身分の者ばかり。
殿上の間に詰めているのは右大臣や内大臣(つまり瑠璃の父)、大納言など、目の保養にならないジジイや狸ばかりだったのだ。

−いいオトコの一人や二人、いたっていいじゃないのよー!!

顔で政治をするわけじゃないのだが、朝からジジイ達の顔を見ていても楽しくないのは事実である。
しかも、誰それの所に姫が生まれたらしいの、何某の屋敷は誰それが買い取ったそうだの、どこの姫を何某が娶ったのという、しょーもない世間話をジジイ連中は延々と続けている。
それが一国を左右する高度な政治的問題として真面目に議論されているのだから、本当にこの世は平和なものだった。
かろうじて、滝口の屋根の修理がどうした、どこそこで穢れがあったから陰陽師を呼べのと、実務的な話も出てきたが、それも正直、だからどうしたという話でしかない。

10分も聞いただけで完全に飽きた瑠璃は早起きしすぎたせいで睡魔に勝てずに、こくりこくりと舟をこぎはじめ、いつのまにか夢の中に旅立ってしまったのである。

実を言えば、この午前中の政務は鷹男にとっても退屈極まりないものだった。
この朝議、急な事態でも発生しない限り、帝は口を挟まないのが通例なのだ。
参議の話し合いの席で帝自ら意思を口にするという事は、誰かの顔をつぶしかねない微妙な問題だったりするので、重要事項は、この場に議題に出される前に既に私的な集まりや宴の席でそれとなく内意として伝えてあり、それを受けた者が話をあらかじめその方向へ向かうように議題を取り計らうのが、この時代のやり方。
つまり、鷹男の本当の政務は、本来の政務が終わった午後から始まるのだ。

時々、この場でありもない内意を持ち出す不届き者がいたり、通例を破って強引に帝の意を振りかざしたり、それなりのドラマもあったりして、まったく形骸化しているというわけでもないのだが、そんな事は年に何度も起こるものではない。
たいていは居ればいいだけなのだ。ぶっちゃけ、誰か鷹男以外の人間がそこに座っていたとしても、障子戸にうつる影しか見えない参議達にはまったくわからない。
だから、鷹男は、この時間を、参議の声を耳から耳へと流しながら、文机に向かって文を書いてみたり、和歌を作ってみたり、そして、前夜の寝不足を解消すべく朝寝を楽しんだりして過ごしているのである。
そして、ここ最近、毎晩のように瑠璃との睦み合いに睡眠時間を奪われている鷹男にとっては、この時間は貴重な睡眠の時間だった。

目が覚めた瑠璃は寝入ってしまった事に恥じ入り、帝の面子を潰してしまったのではと非情に焦ったのだが、近習達にとっては鷹男の爆睡などいつもの事なので特に気に留める事もなかった。

−いけない、いけないついつい寝てしまったじゃない。こんなくだらない話を毎日きっちり聞いている鷹男って偉いわ。帝って大変なのねぇ。

鷹男の真実に瑠璃が気付かなかったのは幸いと言える。



さて、コチラの男性生理にも触れておこう。
鷹男と同じように尿意に悩まされた瑠璃は、この時間になってやっと覚悟を決め、花摘みに臨んだ。こちらは人払いをしてこっそりとである。
目をぎゅっとつぶりながら手探りで例のモノをそっと握りしめる。
が、硬いソレしか知らない瑠璃は、あまりのぐにゃぐにゃぶりにびっくりして声をあげて手を離した。誰も見てないのだから堂々と見ればいいものを、片目を薄く開いて下を覗き見る。

−ナンか違う?!

そのサイズが瑠璃の見知っている姿とあまり違うので、これはどういう事だと瑠璃は真剣に悩んでいた。いつも鷹男に鳴かされて昇天しまう瑠璃、男性の通常サイズというものを未だに知らなかった。そして朝は朝で、激しい責めにいつ鷹男が戻ったのかもわからぬほど寝入っているので、男性のブツについて、大きな誤解をしていた。

焦ってあちこちを触っているうちに、いつものサイズになってきたので少しほっとする
が、今度は何故かソコが熱い気がしてならない。
それが、自慰という行為だなどと知りもしない瑠璃である。
しかし、野生の本能で、何か邪まな気分を感じ取った。

−な、何をしてるの?! あたしってばハシタナイ!!

慌てて当初の目的である花摘みに及ぼうとする。
が……、出ない。
その状態では、花摘みは出来ないのが男の生理なのである。
瑠璃は本当に焦った。

−ええい、なんで出ないのよ、早く出てよ!!

握りしめたり擦ったり必死に尿意を促すが、憐れそれらすべてが逆効果だった。

「主上、いかがなさいましたか? 皆様、別室でお待ちでございますが」

人払いをしたままなかなか部屋から出てこない鷹男に女官が声をかける。

「ひっ!! い、いや、もう少し待て。今、いろいろと障りがあるのだ!!」
「なんぞございましたか」
「よい!! 下がっていろ!!」

驚いたおかげか、鷹男のモノが縮小し、やっと花摘みを開始できる状況になっていた。
ようやく、この状態が通常サイズだという事に気付いた瑠璃。

−あたしってば、毎日、こんなコトしなくちゃいけないの?!

とんだ理由で早くも打ちのめされそうになっている瑠璃であった。


朝餉の時間がやってきた。
平安貴族の食事は一日二回。
日も明けやらぬ頃から政務をはじめ、季節によって違うが冬は今で言う11時頃には政務が終わる。そうしてやっと朝餉の時間になる。
日頃、この時間まで爆睡している瑠璃はたいしてお腹もすいていないのだが、今朝は朝5時から11時まで何も食べられなかったわけで、ひどくお腹がすいて、粥を3杯もおかわりし、菜物や熱物も二度三度要求した。
あまりのがっつきように、女官達は首を捻ってその様子を見守っている。

「ふう……。ごちそうさまー」

そもそも食べ方自体が優雅ではないのである。
その点では、瑠璃の真似をする鷹男と、鷹男の真似をする瑠璃では、圧倒的に瑠璃が不利だった。

そして、次にやって来たのが、絶体絶命の危機だった。

「お時間でございます。どうぞお召し換えを」

女官達が促すので一旦、夜御殿へ退出すると、そこに狩衣の用意がされている。

「今日は……どういう予定になっていたかな?」

瑠璃は大汗をかきながら、何気なく尋ねた。
宮中では直衣姿で過ごすのが通例。
狩衣を着なければならない状況など思い浮かばなかった。

「まあ、ご冗談を。久しぶりに弓の鍛錬をなさると申されておいでしたのに。お庭には帥の宮様、秋篠中将様、涼中将様、右近少将様、一同、お召しかえを済ませて既にお出ましをお待ちでございます」

よりによって、弓だった。
鷹男が得意として有名な弓だった。
そして、当然ながら瑠璃は弓矢など触った事もなかった。
瑠璃は気が遠くなってゆくのを感じた。


続く

ハシタナイお話ですいません。さて、次は瑠璃に何させましょう?

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