1万ヒット記念SS:「3つの願い」 6


こちらは藤壺。
承香殿の劇的な事件からどうにか戻ってきた藤壺様ご一行は、勝利の余韻で浮かれまくっていたが、そこへ、右近少将・藤原高彬が帝からの文遣いに現れたというので、一気に緊張感が走った。

右近少将といえば、憎っくき承香殿女御の弟君。
そして、あまり表沙汰になっていないとはいえ、藤壺女御の元婚約者。
有力な貴族を局に呼び交流を楽しむのも女御の力量と言われるこの世界、、藤壺詣でを望む公達は数多くいれども、この右近少将だけは因縁あって藤壺に近寄る事は一切ない。
そこには鷹男の激しい嫉妬心が働いている事は誰もが承知していた。
取次ぎまかりならぬと半ば脅されていた小萩達、傍仕えの女房も、帝自ら寄越した使いであるならばと、目通りの準備をした。
もちろん、御簾越し、十重二十重の几帳をたてかけたうえでの面会だった。

「女御様にはご機嫌うるわしく何よりに存じます。主上御自ら、文遣いをつかまつりまして参上いたしました」

高彬は余計な事は一切口にせず、口上を述べるなり、御簾ごしに女房に御製の文を差し出した。
鷹男は、瑠璃によって仕組まれた面会の意図がわからず、大人しく文を受け取り開いた。


やっほー。ちゃんと女御してる??
やっぱり帝業って大変だわ。
せっかく男になったっていうのに帝のまんまじゃ時間は自由にならないし
いつも誰かがうろうろしてて落ち着かないんだよね。
だから、3日間、物忌みになる事にしたから。
そっちはそっちで自由にやってちょうだい。
あ、今日一日、高彬はそこで藤壺女御の相手をするように申し付けたから、
その姿でイロイロと語らってみたら?
高彬の話を聞けばお互い未練なんか残ってないってよーくわかるでしょ。
嫉妬はほどほどにしてくれないと、困るのよ!


「なっ……!!! る……!!!!!」

鷹男は瞬時に瑠璃が内裏を抜け出した事を理解した。
今、誰の姿をしているのかもすっかり忘れて立ち上がり、御簾をはらってどかどかと清涼殿へ向かおうとする。

「瑠璃さん、どこへいくんだ? 僕は、今日一日、主上にあなたのお相手をするように厳命されているんだよ」

はっっと、そこに高彬がいた事を思い出す。
あれほど瑠璃を高彬から隠しておきたかったのに、鷹男自ら御簾を出てしまったおかけで、二人は直接対面してしまった。

「る……いや、た、鷹男が……、忍びで……」
「うん、そうみたいなんだ。僕もお止めしたんだけど、今日の主上は何かいつもとご様子が違っていて有無を言わせぬものがあってね……」

高彬は俯いて鷹男(正確には瑠璃)を見ようとしない。

「……御簾内に戻ってくれないかな。恐れ多くも藤壺女御の顔を拝見するなんて、主上に申し訳なくて出来ないよ。頼むから」

−わ、私とした事が瑠璃姫のような事をしてしまった……。

御簾の中に戻った鷹男は、気を取り直し、小萩を残して人払いして、高彬に事情を説明させた。涼中将一人をつれて瑠璃が出て行ったという報告に、頭がくらくらする。

「よりによって!! せめておま……いや、た、高彬か、秋篠中将か、帥の宮か……、武道に長けた者が三人もついていて、なぜよりによって、一番軟弱な笛吹中将を供になんか!!!」
「僕たちもそう申し上げたんだよ。だけど、主上が義兄上がいいっておっしゃってね」

鷹男は瑠璃と涼中将の間に個人的な繋がりがあった事を知らなかった。
どうやら初対面ではなさそうな事に気付いて、嫉妬の嵐が胸の内に吹き荒れる。

「ふふふ……。そうか、涼中将……。無害なナリをしてとんだところに伏兵がいたもんだ……。ふふふふ……」

鷹男は危険人物リストに涼中将の名をしっかり記述した。

「とにかくね、僕をこちらに遣わしたのは、瑠璃さんが恐れ多くも主上を追いかけて内裏を抜け出したりしないようにという配慮だと推察するよ。今日は僕に免じて一日、大人しくここで過ごしてくださるね」

高彬の視線は厳しい。
鷹男には子犬のような目を向ける忠義者も、相手が他者だと違うらしい。
親しげな口調は気に入らないが、かつての婚約者を前にしても、鷹男の命を優先しようする高彬に、少し感心する。
けれど、それに満足するわけにはいかなかった。
もしも瑠璃に何かあったら……。
いや、体はここにあるのだから、何かあるとしたら痛めつけられるのは鷹男の体なのだが、そういう問題ではない。

鷹男は瑠璃のトラブル体質を嫌というほど理解していた。
瑠璃が内裏の外に出て何も事件を起こさない筈がないのだ。
何としても止めなくてはいけない。
高彬を押し付けてきた瑠璃の策略には恐れ入ったが、どうにか高彬を煙に巻いて追いかけなければならない。

「わかったわ、言うとおりにする。今日一日大人しくしているから安心して。今日は、いろいろと疲れていてそれどころじゃないのよ」

とりあえずは安心させるために、当たり障りのない会話をする。
会話といっても高彬はただそこにいるだけで話しかけて来ようとはしないので、仕事はどうなの?とか、先日も鷹男が誉めてたわよとか、鷹男には答えがわかりきっている事を適当に聞いておだててやる。

「いや……もう勘弁してください、僕のことは」
「そんな事ないわ。だって先だっても、賭弓で凄かったそうじゃないの。高彬は当代一の若者だって鷹男も言っていたわ」

鷹男は瑠璃の口調を真似る事に必死だった。
高彬をいい気分におだてて油断させる事にひたすら専念する。
けれどそれが大問題だった。

鷹男はいつもの調子でからかっているダケなのだが、そこは男と女、同じ事を言われたとしても微妙に反応は違う。
そして困ったことに、姿形は瑠璃でも中身が鷹男というだけで、なぜかメチャクチャ色っぽいのである。
高彬はここまで色香の溢れる瑠璃を見た事がなかった。
必死にこれは主上の女御だ、主上のものだと、心に言い聞かせているというのに、罪作りな鷹男が、瑠璃の態度を真似ながらも隠しきれない優雅な雰囲気をのぞかせて、切々と高彬の素晴らしさを褒め上げているのだ。
傍目には、瑠璃が高彬にコビを売っているようにしか見えない。
脇ではらはらと見守る小萩が一生懸命、鷹男の袖を引っ張ってもお構いなしである。


瑠璃さん、幸せだと思っていたけれどひょっとして主上に不満があるのかな?
まさか、まだ僕に未練があったの?!
でも僕には主上の想い人を奪う気なんて更々ないのにどうしたらいいんだ?!
やり直したいと言われたらどうしたらいい???
ええい、僕も男だ!!!女性のほうがこんなに積極的なのに応えなくてどうする?!
だ、だめだ、いけない。主上、これは試練なのですか?!


妄想と葛藤が次々に胸の内に去来して、なんとも決まりが悪い高彬だった。
そんな高彬の不審な姿に、ようやく鷹男は気づく。
高彬の視線が、何かそこはかとなく、熱がこもっているような気がする。
危険な男女の香りが流れているのだ。

−むむむ、やはりこの者、姫にまだ未練が?!

勝手に仕掛けて高彬を混乱させておいて、酷い男である。

−いかん。この姿で襲われたらさしもの私も逃げ出せる自信がない。これは困ったぞ。

女の身である鷹男は、急に身の危険を感じる。
隣には小萩もいるし、別室には藤壺軍団が控えているのだから、それこそ被害妄想なのだが、感じたものは仕方ない。

「陽もだいぶ暮れてきたわ。これ以上はもうよろしいでしょう? 主上には少将様はお役目を十分に果たしておられたと私から報告しておきましょう。少将さまに免じて大人しくしておく事にしますわ」

急に他人行儀にとりつくろって、辞去を促した。

「いえ。今宵は、こちらの宿居を申し付けられておりますので。御前を失礼致しますが、近くに控えさせていただきます。御用がありましたら何なりと」

こちらも態度を改めて口上を返す。
だが、その内容に、鷹男は舌打ちする。

−夜もこやつに監視させるつもりか?! さすが瑠璃姫、なんて緻密な作戦なんだ!!

瑠璃をよく知っている高彬は夜もけして油断しないだろう。
鷹男は歯軋りしながら、戻ってきたら瑠璃に絶対お仕置きをしてやろうと誓う。
瑠璃のあんな姿、こんな姿、えっそんな事までな姿を想像しつつ、「鷹男、許して……」と涙ながらに請う瑠璃を想像して自分の気を静める。
まったくもって、お馬鹿である。

「そ、そう。仕方ないわね。鷹男の心配性も困ったものだわ。じゃあ、今夜はよろしく」

そう言って小萩に宿居の場所に案内を申し付けた。
誰もいなくなった部屋で鷹男はすくっと立ち上がる。
高彬は小萩につれられて別室へ向かっている。
逃げ出すなら今だと算段し、重い袿を脱ぎ捨て女房装束に着替えると、御簾をはらって部屋の外へ向かった。

こういう時は床下だ。
床下へ回って瑠璃の顔などろくに知らない御殿へ出てしまえばこっちのものだ。
そんな算段をつけて、簀子縁へ出たのだが……。

「ひっ!!」

一歩、部屋を出ると、そこには高彬がきっちり胡坐をかいて座っていて、じっと鷹男を見つめていた。

「どこへ行くんだい? 瑠璃さん。部屋へお戻りいただこうか?」
「お、お願い、見逃して!!」

こんな時ですら女言葉が出てしまう、なりきり鷹男だった。
身を翻して反対の簀子へ逃れようとするが、何せ女の足、すぐに高彬に追いつかれて腕をとられた。

「いやっ、やめて!!」
「逃げないって約束してくれるね?」
「……」

言質をとろうとする高彬に鷹男は無言の抵抗を試みる。
もがいて着物が乱れていく瑠璃の姿に高彬は困惑する。
こんなところを人に見られては藤壺女御の名に傷がつく。
高彬は、とっさに手近な部屋へと瑠璃をおしこめた。
主上の意向で瑠璃を監視していると知った女房達は、止めに入る事は出来ない。

部屋で二人きり。仁王立ちの高彬に、床に身を投げ出した瑠璃(=中身は鷹男)。
古来からお決まりの場面である。
さっきの一件で高彬を警戒していた鷹男は、その行為を高彬が瑠璃を手篭めにしようとしているのだと、激しく誤解した!!

「何をするの?! やめて!!」
「ダメだよ!! けして逃がさないからね」
「ひどいvvv そんな事したら一生恨むわ!!」
「恨まれてもダメなものはダメだ。おとなしくしていなさい」

全くかみあっていない二人だった。
高彬にしてみれば、忠実に職務を果たし、瑠璃を逃がさないようにしているだけなのだが、鷹男にとっては貞操の危機である。
しかも、よりによって可愛がっていた子犬なのだ。
鷹男はもう半泣きだった。

鷹男(=瑠璃)があまりにも暴れるので、高彬は対処に困った。
いつもの高彬なら得意の武術で瑠璃を押さえ込めばいいだけだ。
けれど、仮にも藤壺女御、あまり手荒な事はしたくない。
そうこうしている間に、二人はもつれ合って床に倒れ、鷹男は高彬によって床に縫い付けられる格好になった。

「いやーーーっ!! 助けてぇぇぇ!!!!」

どういうわけか、まだ女言葉のままである。

「あっ、いや、これは……、誤解だ!! 瑠璃さん!!」

流石に構図的にまずいと気付いた高彬は、慌てて鷹男から飛び退った。
几帳や柱にガコンガコンと頭をぶつけて、よろめきながら瑠璃を見る。
激しく着物を乱し床に倒れる瑠璃は、涙をためて高彬を見上げていた。
かつての瑠璃には足りなかった色香を目撃してしまい、高彬は鼻血が出そうだった。

しかし、ここはそんな暢気な状況ではない。
こんな場面を、踏み込んできた女房達に見られたら、高彬の人生は終わってしまう。
高彬はくるりと後ろを向いて目をつぶった。

「は、早く、着物の乱れを直してくれ!!」

膝をかかえてブツブツ呟いている高彬。

「ああ、だから僕に瑠璃さんを張っているなんて無理だと申し上げたんだ……」
「主上に申し訳ない。瑠璃さんのこんな姿を見てしまうなんて……」
「あの瑠璃さんがこんなになるなんて…。やはり、主上の手管は相当なものなのか??」

混乱しワケがわからなくなっている高彬の哀れな様子に、ひょっとして誤解だったのか?と思い直した鷹男は、着物の裾を直し、むくりと起き上がった。
そして、これはチャンスなのでは?とキラリと目を光らせる。
高彬が廃人になっている今ならば!!

そろり、そろりと、入口に向かう鷹男。
しかし、腐っても右近少将、さめざめと泣きながらも、目ざとく鷹男の着物の裾を掴んで引っ張った!

「だめだよ、瑠璃さん、絶対にダメだ。主上の言いつけは絶対だよ」

いっそ私が帝だと叫んでやろうかと思いたくなる鷹男だった。

「だいいち、あなた一人でどう動くつもり? 内裏を抜け出しても女性の身で主上に追いつこうなんて無謀だよ。すでに、近衛の者達に主上を追わせているから、あなたはここにいてください」

言われて鷹男は気づく。
この格好で外に出てもどうにもならないのではないか?

−くっ……、どうすればいい?!

その時、鷹男にある考えが、はたとひらめく。

「お願い…カズ様……」
「えっ?!」

そう、アレがあった。
よく考えてみればこんな状況に陥っているのはすべて彼女らのせいなのだが、藁をも掴みたい鷹男はこの際、それは置いておく事にする。
鷹男は意を決して恥ずかしい言葉を叫んだ

「叶えて、カズ様、お願いフォー!!  瑠璃姫を内裏に連れ戻すまで、私と高彬の姿を取り替えてくれっ!!!!」

どっかーーーーーん!!!!!!

お約束の轟音と煙幕に鷹男はよろめく。
そして次の瞬間、鷹男は自分がひどく身軽になっている事に気付いた。
そう、鷹男は高彬になっていた。

−姫は?!

瑠璃はその場に倒れてぴくりともしない。
中に入っているのは高彬とはいえ、この体は瑠璃のもの。
鷹男は心配になって瑠璃を抱き起こそうとした。

「ここはおまかせになって!! 鷹男!!」

いつのまにか、その場に小萩と早苗が来ていた。
けれど、その口調で、それが小萩ではない事が知れた。

「カ……カズ……様か?」

そう口にする事がひどく屈辱と感じる鷹男だった。

「うきゃーーーーー!!!! もう一度、カズ様って言ってぇぇぇーーーーーーーー!!!!」

早苗の姿をしたカズ様は涙を浮かべて腰を振っている。
では、小萩の姿をしているのは、残りの二人のうちの一人なのだろう。
カズ様の絶叫を思いっきり無視した鷹男は当然のように二人に命令した。

「万が一にも高彬が瑠璃の体に悪さをしないよう、きっちり見張っていてほしい」
「ご安心なさって。そんな真似させるわけがないわ!! そんな事になったら……生かしておきません!!」

凶悪な顔の早苗が、拳を握り締めながら宣言する。

「いや……これは瑠璃姫の体だから……」

どうも、まかせておくのは不安な気がする。 そこへ小萩がどこかから持ち出したハリセンが早苗の後頭部に決って、早苗はドタリと倒れた。
小萩の姿をした誰かは早苗の屍を一瞥して「まったく、毎度毎度、懲りないんだからアンタはっ」と、怒りを露にしている。
三女神の中でも、いろいろとあるらしい。

何事もなかったかのように鷹男に向き直った小萩は、優雅に一礼してみせた。

「高彬を眠らせたから大丈夫でしょう。念のため、縛っておきましょうか?」
「わかった、あなたにまかせる」

瑠璃(=高彬)が倒れているのは女神達の仕業と聞いて納得する。
もしも高彬が、鷹男が体験したような花摘みをするとしたら……。
もしも瑠璃の体をもてあそんであんな事やそんな事をこっそりされたら……。

−い、いかん。妄想しだすとキリがない……。

首を振って妄想を振り払い、高彬の姿をした鷹男は、猛烈に走り出した。

続く

更新、あいちゃってすみません。鷹男VS高彬です。そして、やっとお願い2つ目が出てきました。
お願いを「瑠璃をここにつれて来い」にすれば万事解決だったんですけどねえ。鷹男、気付いていません(^^;


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